日本学園サッカー部が最も輝いたのは1970年代後半から1980年代にかけてでした。
1978年、部は東京都高校サッカー選手権大会でベスト8に進出。翌年には準々決勝で国学院久我山と対戦し、延長戦の末に1-2で惜敗したものの、その戦いぶりは多くのサッカー関係者の記憶に残っています。
この時期の成功要因は明確でした。中学からの一貫教育を活かし、6年間かけて選手を育成するシステムが機能し始めたのです。中学1年から基礎技術を徹底的に叩き込み、高校では戦術理解と判断力を磨く。
1985年には関東大会への出場も果たします。初戦で群馬県代表の前橋育英に0-3で敗れたものの、関東の舞台に立てたことは部の歴史における大きな節目となりました。
当時のエースストライカー、田中誠氏(仮名)は後に日本代表候補にも選ばれています。彼の存在が後輩たちに「日本学園からもトップレベルに行ける」という希望を与えました。