江戸庶民にとって、銭湯はどれほどの出費だったのか。当時の湯銭相場を紐解くと、驚くほどリーズナブルな価格設定が見えてくる。
中期から後期(明和〜化政期)の湯銭は、大人が8文〜10文、子どもが4文〜6文程度で推移していた。当時の物価基準としてよく用いられる「二八蕎麦(かけそば1杯)」が16文だったことを考えると、銭湯の入浴料は蕎麦1杯の約半分だった計算になる。
1文の価値を現代の貨幣価値でおよそ25〜30円と換算した場合、大人の湯銭は約200円〜250円に相当する。現代の公衆浴場料金(東京都で550円前後)と比較しても極めて安価であり、日雇い労働者や長屋住まいの庶民でも毎日気軽に通える生活インフラとして機能していたことがわかる。