ネット検索などでは時折「錦桜」といった四股名と混同されるケースが見受けられますが、正式な改名履歴は「服部桜」から「勝南桜(しょうなんざくら 聡太)」への改名です。2026年1月場所、師匠の式秀親方は連敗脱出と心機一転を期して、彼に新たな四股名を与えました。
この四股名には、出身地である「湘南(茅ヶ崎)」と、師匠の現役時代の四股名「北桜」から取った「桜」、そして何より「勝利を掴んでほしい」という切実な願いが込められていました。下名の「聡太」は、当時快進撃を続けていた将棋の藤井聡太棋士にあやかり、粘り強さと集中力を身につけてほしいという親方の親心が反映されたものでした。
式秀部屋は、角界の中でもユニークな方針で知られる部屋です。「明るく、楽しく、礼儀正しく」をモットーに掲げ、厳しい上下関係や暴力的な指導を一切排除し、「ほめて伸ばす」育成法を実践してきました。「育盛(そだちざかり)」や「桃智桜(ももちざくら)」など個性的な四股名を持つ式秀部屋の力士たちの中で、勝南桜もまた、親方や部屋の仲間から決して見捨てられることなく、温かいサポートを受け続けながら稽古に励んでいました。