『キン肉マン』の主人公・キン肉スグルが、高らかに牛丼音頭を歌いながらどんぶりをかき込む姿は、1980年代の日本中の子どもたちを牛丼店へと走らせました。当時、オイルショックや無理な多角化経営の失敗により1980年に会社更生法を申請し、事実上の倒産状態にあった吉野家にとって、1983年にスタートしたアニメ版での爆発的な牛丼描写は、奇跡的な再建の追い風となったことは外食産業史の公然の事実です。
原作者であるゆでたまごの嶋田隆司氏は、学生時代から通い詰めた吉野家への純粋な愛着から、一切の広告料やタイアップ料を受け取ることなく、作中で吉野家の屋号を掲げて応援し続けました。金銭的見返りを求めないクリエイターの純粋な情熱が、結果として巨大企業の息を吹き返させたのです。
しかし、時代が平成に移り変わる中で、両者の関係性には見えない歪みが生じ始めます。その決定的な亀裂が白日の下に晒されたのが、2008年の「キン肉マン連載29(ニク)周年」を巡る出来事でした。集英社および作者側が、記念すべきアニバーサリーイヤーを盛り上げるべく吉野家側に公式コラボレーションを持ちかけた際、吉野家の当時の担当窓口から返ってきたのは信じがたい言葉でした。
当時の報道や嶋田氏本人の手記・SNSでの証言によると、吉野家側の対応は「いま当社は十分に儲かっておりますので、いまさらコラボレーションをするメリットがございません」「やるのであれば正規の広告宣伝費をお支払いください」という極めて事務的かつ冷淡な門前払いだったとされています。かつて無償で企業危機を救ったクリエイターに対するこの対応は、長年培われた信頼関係を根底から粉砕するのに十分な破壊力を持っていました。