海の怪異伝承まとめを調査する上で欠かせないのが、海上という特殊な閉鎖空間における人間の知覚と心理状態です。
古来、外洋を行く船乗りたちは、逃げ場のない小舟の上で常に遭難死の恐怖と隣り合わせでした。エンジンのない時代、一度風が止まれば何日も漂流し、ひとたび暴風雨に見舞われれば木っ端微塵に破壊される過酷な環境です。深夜の当直見張りにおける極度の疲労、単調な波音による感覚遮断(感覚剥奪状態)、そして夜光虫が発する青白い不気味な燐光――。
このような極限状態では、脳が曖昧な視覚情報の中に「人間の顔」や「生き物の輪郭」を無意識に見出してしまうパレイドリア現象(錯視)が極めて起きやすくなります。水平線に浮かぶ雲の切れ端や波のうねりが、一瞬にして「こちらを見下ろす巨人の顔」に見間違えられ、恐怖心から集団パニックへと波及していった現場の生々しさは想像に難くありません。