なぜ「松井貴博」という本名から「マツコ・デラックス」という強烈なインパクトを持つ芸名が誕生したのでしょうか。その背景には、自虐のユーモアと、ドラァグクイーンとしてのセルフプロデュース戦略がありました。
もともと女装を始めた際、本名である「松井(まつい)」の頭文字を取って、仲間内から「マツコ」という愛称で呼ばれていました。しかし、活動の規模が広がり、自身の体格や存在感が増していく中で、「マツコだけでは貧相で物足りない」「名前くらいは豪華にデラックスにしてやろう」という発想から、後ろに「デラックス」を付け足したと本人が語っています。
本格的なメディア露出のきっかけとなったのは、編集者を退職して実家に引きこもっていた20代後半、作家の中村うさぎ氏に見出されたことでした。中村氏のエッセイ本『魂二分のイチ』の対談相手として抜擢され、その卓越した語彙力と鋭い人間観察眼が業界内で注目を集め、TOKYO MXの『5時に夢中!』をはじめとするテレビ界へと進出していくことになります。