二宮金次郎像が全国の学校に爆発的に普及した背景には、近代日本における道徳教育と国家統合の歴史が深く関わっています。
小学校に設置された経緯を辿ると、明治末期から昭和初期、特に1928年の昭和天皇即位の礼(御大典)を記念した寄贈事業が大きな契機となりました。当時の文部省が修身教育の模範として金次郎を教科書で大々的に取り上げ、卒業生や地元有志が「後輩たちへの道徳的模範」として像を母校へ寄贈する動きが全国で定着したのです。
金次郎が薪を背負い本を読む意味は、単に「貧しい中で勉強した」という美談にとどまりません。早朝から山に入って薪を拾い家計を助け、その移動時間というわずかな隙間(寸暇)さえも自己研鑽に充てるという、「勤勉」と「親孝行」、そして「時間を無駄にしない工夫」の実践を象徴しています。江戸時代の農村において、読書は支配階級のものでしたが、自ら文字を学び知識を得ることで荒廃した家と村を立て直そうとした、極めて前向きな向上心を表した造形でした。