北大路欣也氏を語る上で欠かせないのが、父であり戦前・戦後の日本映画界を支えた巨木、市川右太衛門(いちかわ うたえもん)氏の存在です。時代劇『旗本退屈男』の早乙女主水之介役で一世を風靡した大スターの次男として、北大路氏は1943年に京都で生を受けました。
デビューは1956年、わずか13歳の時でした。映画『父子鷹』で勝海舟の少年時代役を演じ、実父である右太衛門氏とスクリーンで初共演を果たします。この瞬間から、彼の肩には常に「大スターの御曹司」「二世俳優」という巨大な看板が背負わされることになりました。
当時のインタビューや回顧録によると、思春期の北大路氏は偉大な父の影と世間の色眼鏡に激しい葛藤を抱えていたと明かされています。京都の撮影所文化に甘んじることを良しとせず、標準語を徹底して身につけるために上京。暁星中学校・高等学校を経て早稲田大学第二文学部演劇専修へ進学しました。学業と俳優業を両立させながら、シェイクスピア劇などの舞台演劇にも果敢に挑戦し、自らの実力で「市川右太衛門の息子」から「名優・北大路欣也」へと脱皮を遂げたのです。
2026年、母校・早稲田大学からの表彰や記念式典の場でも語られた通り、芸歴70年に達した彼のキャリアの原点は、父への敬意と、それを乗り越えようとした凄絶な役者魂にありました。