2人の最初の接点は1991年、本木雅弘が映画祭取材のために海外へ渡航した際、当時15歳だった内田也哉子が通訳のアシスタントとして同行した現場に遡ります。海外生活が長く、英語が堪能であった也哉子は、当時20代半ばにして人気絶頂にあった本木に対しても一切媚びることなく、極めて自然体で理知的な態度を保っていました。本木自身、後のインタビューで「年齢を超越した芯の強さと、静かな観察眼に衝撃を受けた」と述懐しています。
交際という形式ばった段階を経る前、也哉子がスイスへ留学していた17歳の夏、本木は彼女へ極めて異例のプロポーズを行いました。その言葉は、芸能史に残る名言として今なお語り継がれています。
「私にはあなたが必要ですが、あなたにはまだ多くの選択肢がある。もし、いつか誰かと結婚することを考える時が来たら、私という選択肢を一番の隅っこに置いておいてほしい」
相手の若さと将来の可能性を奪うことなく、自らの覚悟だけを提示するこの言葉に、也哉子は深い誠実さを感じ取ったといいます。そして也哉子が19歳、本木が29歳となった1995年、2人は正式に婚姻届を提出しました。当時、人気俳優と破天荒なロック一家の愛娘による年の差婚は、ワイドショーを大きく賑わせました。