なぜ日活ポルノは映画危機を救えたか?名作の真相と歴代女優の現在

なぜ日活ポルノは映画危機を救えたか?名作の真相と歴代女優の現在

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日本映画の黄金期を支えた日活が、経営破綻の淵に立たされたのは1971年のことでした。映画館の入場者数はピーク時の数分の一に激減し、石原裕次郎や渡哲也といった看板スターたちが次々と社を去りました。撮影所従業員の解雇やスタジオの閉鎖が現実味を帯びるなか、当時の経営陣と制作現場が下した苦渋かつ起死回生の奇策が「全作品を成人映画にする」という方針です。これこそが、日活ロマンポルノの歴史の幕開けでした。

会社更生法の適用寸前だった日活が経営危機を脱した理由は、徹底したコスト管理と徹底的な興行回転率の追求にあります。当時の一般映画が数千万円から1億円以上の製作費をかけていたのに対し、ロマンポルノは1本あたり約500万〜800万円という極限の低予算で製作されました。撮影期間はわずか1週間から10日程度。しかも「2本立て・3本立て」を毎週のように劇場へ送り出すハイペースなプログラムピクチャーの供給体制を確立したのです。

1971年11月に封切られた第1作『団地妻 昼下りの情事』は、劇場前に長蛇の列を作る社会現象的な大ヒットを記録しました。日活ロマンポルノ歴代興行収入の正確な全体累計は複数本立て興行のため個別の切り分けが困難な側面を持ちますが、公開開始からの数年間で年間配給収入は数十億円規模に達し、日活の累積赤字を短期間で一掃しました。当時の制作関係者の手記によれば、「会社を潰さない、現場の仲間を路頭に迷わせないという執念が、結果的に興行収入の記録的跳躍を生んだ」と語られています。

中村 さくら
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中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。