地震発生は14時46分。児童たちは教員の指示に従い、揺れがおさまった直後に迅速に校庭へと一次避難を果たした。ここまでは平時の訓練通りだった。だが、そこからの判断が決定的な明暗を分けることになる。
防災無線からは大津波警報が鳴り響き、沿岸部からの危機を知らせる情報が飛び交っていた。近隣住民や迎えに来た保護者の中には「山へ逃げるべきだ」と強く進言する者もいた。しかし、現場を統括すべき校長は不在。教頭と教職員たちは校庭の中央で輪になり、協議を繰り返すばかりで決断を下せなかった。山崩れの危険性を懸念する声と、津波はここまで来ないだろうという根拠のない正常性バイアスが交錯し、貴重な時間は刻一刻と削られていく。
15時37分、教頭らは新北上大橋のたもとにある「三角地帯」への移動を開始した。しかし、そこは北上川の堤防脇であり、標高は校庭とほとんど変わらない低地だった。列をなして歩き出した直後、堤防を越えた黒い濁流が児童と教員を正面から呑み込んだ。避難の開始があと数分早ければ、あるいは向かう先が裏山であれば、失われずに済んだ命だった。