ガラス張りの白いボックスの中には、使い古された黒電話と、1冊の大学ノート「風のノート」が置かれています。受話器を耳に当てると、聞こえるのはただ風の音と遠い波のざわめきだけ。しかし、訪れた人々はその沈黙に向かって、誰にも言えなかった胸の内を語りかけます。
「お父さん、寒くないかい」「子どもたちはみんな大きくなったよ」「あの時、手を離してしまってごめんね」——電話ボックスの中では、嗚咽とともに絞り出される言葉が風に溶けていきます。誰かに見せるためではなく、ただ愛する人へ向けられた純粋な告白は、受話器を置いたあとに少しだけ前を向くための通過儀礼となってきました。
電話の傍らにあるノートには、幼い子どものたどたどしい文字から高齢者の震える筆跡まで、無数のメッセージがぎっしりと書き込まれています。2016年に放送されたNHKスペシャル『風の電話〜残された人々の声〜』では、この場所を訪れる人々の姿が克明に記録され、国内外で大きな反響を呼びました。悲しみを無理に忘れようとするのではなく、対話を続けることで心の整理をつけていく「グリーフケア(悲嘆の癒やし)」の現場がそこにありました。