バンドが絶頂期を迎える一方で、内部では方向性の違いや人間関係の亀裂が徐々に深まっていた。ツインボーカルとして田中と共にグループを支えた吉崎勝正との間には、音楽的アプローチやバンドの運営方針を巡る激しい確執が生じることとなる。
やがてバンドはメンバーの脱退が相次ぎ、吉崎によるソロプロジェクトへと姿を変えていった。さらに、バンド名の使用権をめぐって法廷闘争へと発展。「クリスタルキング」の名義使用を巡る判決により、吉崎側が名称の商標権を保有することが決定した。これにより、田中が「元クリスタルキング」として活動する際の名義表現にも制約が生じるなど、両者の断絶は決定的なものとなった。