この癒着構造が決定的な広がりを見せたのは、長期にわたった安倍晋三政権の時代だった。当時、官邸主導の広報戦略を仕切った人物として知られるのが、官房副長官や経済産業相を歴任した世耕弘成氏である。世耕氏は近畿大学での経験や広報のプロとしての知見を駆使し、メディア対策と世論形成のスキームを高度化させた。
特に経済産業省が主導する巨大プロジェクトにおいて、官邸意向をくんだ予算配分と特定の民間企業への委託スキームが常態化した。経産省から特定団体を経由して巨額の事業が手配される手法は、官邸・省庁・巨大企業が一体となった「政官業の三角形」を極限まで先鋭化させた。政策決定プロセスにおいて透明性が失われ、特定の政治家とパイプを持つ企業だけに権益が集中する歪みが、この時代に決定的なものとなったのである。