東京の地下がこれほど入り組んだ構造になった最大の要因は、「開業順に伴う深度の制約」と「東京特有の起伏に富んだ地形」の2点に集約されます。
日本初の地下鉄である銀座線(1927年開業)は、浅い位置を掘削する「開削工法」で造られたため、地下わずか数メートルという浅層を走っています。一方、丸ノ内線、日比谷線、千代田線と時代が進むにつれ、後から建設される路線はすでに存在するトンネルや首都高速道路の橋脚、巨大な共同溝の下を潜らざるを得なくなりました。結果として、新しい路線ほど大深度へと追いやられる構図が生まれたのです。
さらに見逃せないのが、地下鉄路線図高低差の存在です。東京は平坦な街に見えて、武蔵野台地の東端にあたる山の手エリアと、東京湾に面した下町エリアで激しい高低差が存在します。台地を貫くトンネルがそのまま低地に出ると高架橋になってしまう(丸ノ内線の茗荷谷駅〜後楽園駅間など)のも、この地形の起伏がもたらす立体的なダイナミズムの表れです。