日本の主要な国語辞典をひもとくと、悪の対義語には一意的に「善」が割り当てられている。道徳的規範や社会の良識に沿った状態が「善」であり、それを著しく害する行為や存在が「悪」とされるためだ。学校教育でもこの組み合わせが長年定着してきた。
しかし、日常のニュースや政治的な議論に目を向けると、人々が対立の軸として頻繁に持ち出すのは「正義」という言葉だ。ここに現代社会における思想的な歪みが潜んでいる。善が個人の徳性や内面的な道徳に深く関係しているのに対し、正義は社会秩序の維持や個別の主張の正当性を担保する概念に過ぎない。自らの正義を掲げる者同士が惨烈に衝突する事態が多発する現在、辞典上の対義語という静的な分類と、現実の動的な摩擦との間には決定的な乖離が生まれているのだ。