1976年、石橋蓮司と緑魔子は「劇団第七病棟」を結成した。唐十郎の状況劇場などを経て、独自のアングラ演劇を追求した二人の活動は、当時の若者文化を揺るがす社会現象でもあった。既成概念を壊し続けるアヴァンギャルドな演劇人。その過激なパブリックイメージとは対照的に、家庭内における夫婦の姿勢は極めて慎重かつ愛情深いものだった。
一人娘が誕生した際、二人が何よりも優先したのは「子どもの日常を守ること」だったという。劇団の過密な稽古や全国公演、映画撮影に追われる日々であっても、家庭に芸能界の喧騒を持ち込むことは避けた。娘を一人の自立した個人として育てたいという強い意志が、メディアへの露出を徹底して避ける選択へとつながった。