幼い娘にはさみを握らせ、包丁を持たせる。火を扱う台所に一人で立たせることへの葛藤がなかったはずはない。安武千恵さんが愛娘のはなちゃんに教えたのは、単なる料理の技術ではなかった。万が一、自分がこの世を去っても、自分の足で立ち、健康に生き抜いてほしいという切実な祈りそのものだったのだ。
玄米ごはん、昆布と削り節でしっかりとった出汁、旬の野菜をたっぷり使ったお味噌汁。質素に見えるその一杯には、食の大切さと生命力の根源が詰め込まれている。夫である安武信吾さんとともに歩んだ日々は、苦難に満ちていたはずだ。けれど、残された家族の記憶に刻まれているのは、常に笑顔と食卓の温もりだった。