日常会話や歴史の授業では同義語として扱われることの多い「黒死病」と「ペスト」ですが、厳密には概念の範囲が異なります。医学的な疾患名としての「ペスト(Plague)」は、グラム陰性通性嫌気性桿菌であるペスト菌(Yersinia pestis)を病原体とする感染症全般を指します。これに対し、「黒死病(Black Death)」は、1346年から1353年にかけてヨーロッパおよび地中海沿岸部を壊滅状態に追い込んだ、中世の未曾有の大パンデミックに対する歴史的呼称です。
では、なぜこの疫病は「黒死病」と呼ばれるようになったのでしょうか。厚生労働省検疫所(FORTH)の解説資料や病理学的知見によると、感染者の皮膚に現れる凄惨な症状がその直接の由来となっています。ペスト菌が血流に侵入して全身に毒素を撒き散らすと、全身の毛細血管で微小な血栓が生じる播種性血管内凝固症候群(DIC)を発症します。
これにより広範囲の皮下出血(紫斑)が発生し、四肢の末端組織への血流が途絶えて激しい壊疽(えそ)を起こします。手足の指先や皮膚表面がまるで炭のように黒く変色した状態で絶命していく光景から、当時の人々は底知れぬ恐怖を込めて「黒い死(Mors atra/Black Death)」と呼び恐れました。