スコットランドで政孝が出会った運命の女性が、ジェシー・ロベルタ・カウン、通称「竹鶴リタ」である。周囲の猛反対を押し切って1920年に結婚した二人は、異国の地・日本へ渡り、二人三脚でウイスキー造りに邁進した。
二人の間に実子はいなかった。だが、その絆と情熱を受け継ぐ存在として迎えられたのが、政孝の姉の息子である甥の威(たけし)氏だった。威氏は政孝とリタの深い愛情を受けて育ち、ウイスキーづくりの技術と情熱を直に叩き込まれていく。
後にニッカウヰスキーのマスターブレンダーおよび社長を務めることになる威氏の存在こそが、竹鶴家の血脈と技術を途絶えさせることなく、現代のグローバル市場へ押し上げる決定打となった。