水泳との出会いは、ごく自然なものだった。埼玉県での幼少期、プールに飛び込んだ少年はすぐに水と一体になる感覚を掴む。だが、単なる「水泳好きな少年」で終わらせなかったのは、父・幹也氏の先見の明があったからに他ならない。競泳業界における一般的なマニュアルをただなぞるのではなく、息子の個性を最大限に伸ばす環境作りに奔走した。
毎日の送迎や練習量の調整、さらには休養面や食事のケアに至るまで、家庭でのサポートは多岐にわたった。根底にあったのは、「世界で勝つ」という揺るぎないゴール設定だ。甘えを許さない環境を整えつつも、押し付けにならないよう自主性を尊重する。その絶妙な匙加減が、トップアスリートとしての基礎を作り上げた。