宮脇工業が設立された1996年。この年は日本経済にとって転換点だった。バブル崩壊の影響が本格化し、建設業界も再編の波にさらされていた時期である。
大手ゼネコンは不良債権に苦しみ、中小建設会社の倒産も相次いだ。厳しい時代に新規参入を果たした宮脇工業。その決断の背後には、どのような計算があったのか。
推測されるのは、ニッチ市場への着目だ。大手が採算性の低い小規模案件から撤退する中、地域密着型の中小企業にこそビジネスチャンスがあった。公共事業の地元割り当て、工場の定期メンテナンス、緊急対応が必要な小工事。こうした案件を確実に積み上げる戦略が功を奏したと考えられる。