1950年代、活況を極めていた日本映画産業の渦中で頭角を現した彼は、映画会社「松竹」の看板スターとして華々しいスタートを切った。すらりとした長身と端正な顔立ちは瞬く間に観客を魅了したが、本人は単なるアイドル的人気に甘んじることを潔しとしなかった。
大きな転機となったのが、世界的な巨匠・小津安二郎監督による名作『秋日和』への出演である。小津監督独特の様式美と抑制されたトーンの中で、若き日の杉浦は軽妙でありながら品格を失わない若者を瑞々しく体現した。ミリ単位の動きや視線の角度まで厳密に統制される小津組での経験は、その後の彼の演技観を決定づける礎となり、無駄な感情表現を削ぎ落とした「引き算の美学」を体得する契機となった。