ネット上で大きな関心を集めたのが、この一大プロジェクトを誰がどのような思惑で仕掛けたのかという点でした。イベントの主催者としてクレジットされていたのは「東京タピオカランド実行委員会」であり、若者向けマーケティングを手掛ける企画会社などが実務を担当していました。
その中心人物として脚光を浴びたのが、当時メディアやYouTubeで注目を集めていた若手実業家の辻敬太氏です。同氏は飲食事業やサロン運営などで頭角を現し、当イベントのエグゼクティブプロデューサー的な立ち位置としてメディア露出を行っていました。
炎上後、メディアの取材や動画配信において、企画の立ち上げから開催までの準備期間が極めて短期間であったことや、莫大な会場費・設備投資に対する採算ラインの厳しさなど、舞台裏の事情が語られました。しかし、結果として消費者感情を逆撫でする形となったプロモーション手法や、批判に対する強気なスタンスは、さらなる議論を呼ぶ結果となりました。