社会現象にまで登りつめたアメリカンクラッカーですが、ピークを迎えてから衰退するまでのスピードは驚くほど速いものでした。その直接的な理由は、構造上の危険性と相次ぐ負傷事故の発生にあります。
当時販売されていた初期のアメリカンクラッカーは、重量のある硬質アクリル樹脂の塊でした。玉同士が猛スピードで激突し続けるため、素材の内部に目に見えないマイクロクラック(微細な亀裂)が蓄積します。その結果、プレイ中に突如として硬質プラスチック球が粉々に破砕・飛散し、破片が目に入って角膜を傷つけたり、顔面を切り裂いたりする重傷事故が国内外で頻発しました。
さらに、勢いよく振り回した玉が手首や腕、指の骨に直撃して激しい内出血や打撲を引き起こすトラブル、紐がちぎれて周囲の人や民家の窓ガラスを直撃する事故が後を絶ちませんでした。この事態を重く見たPTAや学校関係者は即座に「危険玩具」に指定して校内持ち込みを禁止。アメリカでも消費者製品安全委員会(CPSC)の前身機関などが規制に乗り出し、日本国内でもメーカー側の製造自粛や販売中止へと追い込まれたのが、ブームが瞬く間に消滅した決定的な真相です。