強大な権力を背景に突き進む彼に対し、官僚組織である郵政省や、旧来の利権を守ろうとする政界勢力は警戒感を強めていった。特に放送と通信の融合を見据えた彼の独走は、行政の主導権を脅かすものとして激しい攻防を引き起こした。
決定的な亀裂が生じたのは1991年、米国での衛星打ち上げ現場への視察を巡るトラブルだった。打ち上げ失敗の際、国会での答弁内容と実際の滞在行動を巡って「国会虚偽答弁」の批判が噴出。マスメディアの集中砲火を浴びる中、政界の後ろ盾も失い、彼は会長職からの辞任を余儀なくされた。帝王の失脚は、公共放送の独立性と政治との距離感をめぐる、現代に通じる重い問いを投げかけた。