では、なぜ「岡部学」という青年が「大城ガクト」へと変化を遂げたのか。その根底には、彼の著書『自白』でも赤裸々に語られた過酷な生い立ちと家族関係の歪みが横たわっています。
GACKTは1973年7月4日、沖縄県で誕生しました。父親は自衛隊の音楽隊に所属するトランペット奏者であり、厳格そのものの家庭環境でした。幼少期からピアノの猛特訓を強いられ、少しでも基準に達しなければ激しい叱責を受けるという張り詰めた日々を過ごしたと述懐されています。その後、一家は滋賀県へと移住し、実家がある滋賀県草津市や栗東市周辺で多感な少年期を過ごすことになります。
しかし、家庭内は常に不穏な空気が漂っており、やがて両親は離婚を選択します。この離婚によって、父方の「岡部」姓から母方の姓である「大城」へと改姓することになりました。沖縄にルーツを持つ「大城」という名字は、彼が自身の血脈とルーツを再確認する重要な契機となります。
さらに「学(まなぶ)」から「ガクト」への変更について、本人はメディアや関係者への取材の中で「過去のトラウマに満ちた自分と決別し、表現者として、また一人の人間として自立した人生を生き直すための決意」であったと示唆しています。日本の家庭裁判所で名を変更する場合、「長年通称名として広く社会的に使用され、旧名のままでは社会生活上重大な支障をきたすこと」が代表的な許可要件(戸籍法第107条の2)となります。彼は長年「GACKT」として国内外で莫大な経済活動を行ってきた実績があったため、法的な正当事由が認められ、正式に改名が受理されたと分析されています。