平山郁夫の死因と最期の真実|文化財保護に捧げた巨匠79年の軌跡

平山郁夫の死因と最期の真実|文化財保護に捧げた巨匠79年の軌跡

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2009年12月2日午前12時38分、東京の病院で平山郁夫は息を引き取った。直接の死因は脳梗塞。数日前まで精力的に活動し、個展の準備や文化交流の構想を語っていただけに、関係者やファンに与えた激震は計り知れなかった。

実は、彼の身体は極限の状態に置かれていた。15歳のとき、学徒動員先の広島で原子爆弾の投下に遭遇。奇跡的に生き残ったものの、被爆の後遺症として白血球数が通常の半分近くにまで減少する慢性的な貧血状態を生涯抱えることとなった。体力が著しく低下する中で、シルクロードの苛烈な現地取材を重ね、さらに過密な公務をこなしていたことが、血管系に大きな負担をかけていたのは紛れもない事実である。

最期を迎える直前まで、彼は周囲に「まだまだ描きたいものがある」と語っていたという。脳梗塞による急逝は、途切れることのない情熱を抱いたまま迎えた、あまりにも無念な幕切れだった。

佐藤 大輔
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佐藤 大輔

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