千葉真一と息子たち、特に新田真剣佑との間に「確執があった」という噂は、2026年前後からSNSや5ch、知恵袋などで繰り返し語られてきた。きっかけは、真剣佑が千葉真一の後妻である一般女性(真剣佑・郷敦の母)や父と距離を置いて暮らしていたこと、そして兄が「新田」姓、弟が「眞栄田」姓を名乗っていることだった。
実際のところ、真剣佑と郷敦は異母兄弟ではないか、あるいは父との間に深刻な断絶があるのではないか——そうした憶測が飛び交った。だが複数の週刊誌やスポーツ紙の取材によれば、真剣佑は成人前後に家を出て独立しただけで、父を憎んでいたわけではないという。むしろ千葉真一が亡くなる直前、真剣佑は海外から急遽帰国し、父の最期を看取った事実が複数のメディアで報じられている。
また、2026年8月の千葉真一死去後、兄弟が連名でコメントを発表したことも「確執説」を打ち消す決定打となった。報道各社によると、真剣佑は「最後まで父らしい最期だった」と語り、郷敦も「家族として誇りを持って生きていく」と沈痛な表情で応じたという。つまり「確執」は完全な虚偽ではないにせよ、ネットで語られるような「絶縁状態」ではなかったのだ。
興味深いのは、兄弟が異なる姓を名乗る理由だ。これは千葉真一自身が「芸能の世界で名前は看板」という考えを持っており、兄は「新田真剣佑」、弟は「眞栄田郷敦」という芸名を父が命名したとされる。千葉真一の本名は前田禎穂(まえだ・さだほ)であり、父の本名の「前田」をもじった「眞栄田」姓は、弟に与えられた。つまり兄弟の姓の違いは確執の証拠ではなく、千葉真一の“芸能プロデューサー的発想”の産物なのだ。