物語の最大の異彩は、何と言っても物語の語り手が「殺された本人(橘五月)」の死体視点である点だ。木から突き落とされ、幼気な命を散らした9歳の五月。しかし、彼女の意識はそのまま自身の肉体に留まり続ける。幼なじみの弥生と健が必死になって自分の遺体を隠そうと暗躍する様を、客観的かつどこか淡々と観察していく。
死んでいるはずの主人公が、自らの隠蔽工作を心の中で応援してしまう異常な心理状態。この極限のアンバランスさが、恐怖と童話的ノスタルジーを融合させ、後味の悪い余韻を残す「イヤミス」の源流とも言える独特の読後感を生み出している。