石破茂の政治的DNAを語るうえで、まず避けて通れないのが父・石破二朗の存在だ。官僚として建設事務次官を務めた後、鳥取県知事として15年にわたり県政のトップに君臨した。当時の鳥取県庁で二朗が見せた圧倒的な執務姿勢と、現場の声を丹念に拾い上げるスタイルは、幼少期の石破茂の目に鮮明に焼き付いていたという。
知事退任後に参議院議員へ転身し、自治大臣兼国家公安委員会委員長を務めた二朗は、田中角栄元首相からも絶大な信頼を寄せられた人物だった。父の死後、弱冠29歳で初当選を果たし、自由民主党の有力政治家へと駆け上がっていく石破茂の原点には、常に父・二朗の徹底した「地方主義」と「政策本位」の姿勢が存在していた。