世間が知る手塚治虫は、常にベレー帽をかぶりペンを走らせる情熱的な天才像だろう。しかし、家庭内での実像はまた異なっていた。多忙を極めるあまり、自宅の書斎に籠もりきりになる日々が続いたものの、子どもたちと接する短い時間には極めてユーモアに満ちた愛すべき父親としての顔を見せていたという。
締切直前の張りつめた空気感の中で、ふと見せる父親らしい一面や、子どもたちの落書きを熱心に観察して喜んでいた逸話など、るみ子氏の口から語られるエピソードは人間味に溢れている。『鉄腕アトム』や『ブラック・ジャック』といった金字塔を打ち立てた偉大な創造主も、家では子どもたちの健やかな成長を願う一人の親であった。こうした知られざる家族の記憶が、手塚作品の根底に流れる深い人間愛や温もりの源泉になっていたことは間違いない。