1999年という、ノストラダムスの予言やミレニアムバグに揺れた不穏な世紀末。Dragon AshのフロントマンであるKj(降谷建志)が綴ったのは、意外にも極めてパーソナルで温かい日常の風景だった。窓から差し込む光、大切な人との何気ない会話、そしてただ生きていることへの感謝。
世紀末の閉塞感の中で彼が叫んだ「ありがとう」の言葉は、先行きの見えない2026年の現代社会を生きる私たちの不安にも、不思議なほどピタリと寄り添う。時代が変われど、人間が本質的に求める救いは変わらないのだと、彼の言葉は教えてくれる。