細木数子という名を世間に決定的に刻み付けたのが、昭和の大物思想家であり政財界の黒幕と称された安岡正篤氏との関係だ。日本の歴代首相の御用聞きとしても知られた安岡氏との電撃的な結婚騒動は、当時の日本社会に激震を走らせた。
当時、すでに高齢で体調を崩していた安岡氏との間で提出された婚姻届。しかし、安岡家の親族や周囲の側近たちからは猛烈な反発が巻き起こり、事態は泥沼の法廷闘争へと発展する。結果として裁判により婚姻無効の判決が下されることとなったが、この大騒動こそが彼女の名を日本全国へ轟かせる決定的な転機となった。