『北酒場』の誕生は、当時の歌謡界の常識を覆す異例のプロセスをたどりました。最大の起爆剤となったのは、国民的バラエティ番組『欽ちゃんのどこまでやるの!?』(テレビ朝日系)への細川たかしのレギュラー出演です。番組内で萩本欽一と繰り広げたコミカルな掛け合いが視聴者の心を掴み、お茶の間における親しみやすさが急速に高まっていきました。
この番組の勢いを背景に、作曲家・中村泰士が「テレビの前で誰もが手拍子できる、明るく抜けの良い楽曲」を着想します。重苦しい情念や悲哀を歌うのが主流だった当時の演歌界において、あえてリズム感を前面に押し出したアプローチは極めて実験的な試みでした。
作詞を担当したなかにし礼は、中村の軽快なメロディラインを受け取り、北国の酒場という哀愁を帯びやすい舞台設定を、小粋で洗練された大人の社交場へと見事に昇華させました。レコード会社関係者の回顧録によると、制作当初は「演歌歌手の細川に歌わせるには軽すぎるのではないか」という慎重論も存在したものの、萩本欽一の強い後押しと本人の圧倒的な声量による歌唱が決定打となり、1982年3月21日にシングル発売へと踏み切られました。