騒動の根底にあったのは、老舗の経営権と莫大な資産の行き先を左右する2枚の遺言書だった。長年にわたり現場で暖簾を守り、ブランド価値を高めてきたのは三男の一澤信三郎である。しかし、創業者である父・一澤信夫の他界後に突如として浮上したのが、元銀行員であった長男・一澤信太郎が提示した「第2の遺言書」であった。
この遺言書には、経営の大半を委ねる形で長男に株式を譲渡する旨が記載されていた。これに対し、現場の職人や顧客から厚い信頼を得ていた信三郎側は困惑と憤りを隠せなかった。職人たちは信三郎への支持を表明し、一澤帆布お家騒動と呼ばれる泥沼の抗争が本格化していくこととなる。