成子が生前に遺した言葉や、当時の知人・宮内庁職員の手記からは、天皇家のお姫様という肩書にとらわれない飾らない人間性が鮮明に伝わってきます。
皇籍離脱直後、東久邇家は夫・盛厚の新規事業の失敗や投資詐欺被害に見舞われ、深刻な金銭的困窮に陥りました。自宅の一部を賃貸に出し、日用品を切り詰める生活の中でも、成子は周囲に対して弱音を一切吐きませんでした。彼女は親しい友人に「私たちはもう皇族ではないのですから、特別扱いはしないでください。一人の主婦として生きることが私の誇りです」と語り、配給の列に自ら並んでいたと証言されています。
また、料理の腕前を上げるために一般の料理教室や雑誌のレシピを熱心に研究し、子供たちのおやつや衣服を手作りする姿は、近隣住民からも深い敬愛を集めました。「元内親王」という特権意識を完全に捨て去り、昭和の庶民生活に同化しようとした彼女の姿勢は、当時台頭しつつあった民主主義の時代精神とも合致し、多くの国民に感銘を与えました。