彼が所属していたお笑い集団「大川興業」での経験や、総裁である大川豊氏の教えは、江頭の生き方に深い影響を与えている。社会の偏見や困難な場所に目を向け、飾らない姿勢で本質を突く精神は、若き日の江頭秀晴に強く叩き込まれていたものだ。
「芸能人が被災地に行くと、どうしてもカメラがついて回る。それでは現地の人に迷惑がかかるし、売名行為だと言われるのも嫌だった」と、後に彼は語っている。被災地支援を行う際、メディアを同伴させてアピールするケースも少なくない中で、一切の告知をせず私財を投じて行動したその姿は、真の意味で誇り高き表現者の生き様を示していた。