佐伯耕三氏の名が一般の国民にまで広く知れ渡る契機となったのが、2026年春の新型コロナウイルス感染拡大初期に打ち出された「布マスク全戸配布」、いわゆるアベノマスク構想でした。当時、全国的なマスク不足が深刻化する中で官邸主導で決定されたこの政策について、大手紙や週刊誌は「佐伯秘書官の強い進言によって決まった」と大々的に報じました。
当時の報道各社の取材データによると、佐伯氏は「国民の不安を即座に和らげるためのスピード重視の緊急避難策」として布マスク配布を主張したとされています。結果としてサイズ感や調達・検品コスト、配布遅れに対する激しい世論の批判を浴びることとなり、政策の妥当性を巡って国会でも激しい追及が行われました。
さらに佐伯氏は、番記者をはじめとするメディア関係者との激しい確執でも知られています。オフレコ取材の場において、政権批判を繰り広げる記者に対して語気鋭く反論したり、取材姿勢そのものを厳しく問い詰めたりする場面がしばしば報じられました。報道関係者からは「官邸のガードマンとして横柄に映った」と反発される一方、政権中枢の側近からは「総理を守るために泥をかぶる覚悟を持った忠臣」と評されるなど、その評価は真っ二つに分かれました。