2010年の鮮烈なデビューを覚えているだろうか。ルーキーイヤー、開幕から驚異的なペースで盗塁を量産し、瞬く間にパ・リーグの脅威となった。しかし、その圧倒的なスピードゆえに右膝の半月板損傷という重傷を負う。そこから始まったのは、リハビリと復帰を幾度も繰り返す過酷なキャリアだった。
普通の選手なら、心が折れていてもおかしくない。太もも裏の肉離れ、指の骨折、アキレス腱の不安。毎年のように襲いかかる故障の影に、周囲からは「ガラスのスピードスター」と囁かれた時期もあった。だが荻野は、決してスピードを緩めなかった。「怪我を恐れて自分のプレースタイルを変えるくらいなら、ユニフォームを脱いだほうがいい」。口数は少なくても、グラウンドで見せる一瞬のスタートダッシュに、その信念が宿っていた。