転機が訪れたのは2006年頃のことでした。最愛の母親が高齢に伴いアルツハイマー型認知症を発症し、徐々に日常生活の自立が困難になっていきました。母親の状態はやがて要介護4から要介護5相当へと重度化し、徘徊や昼夜逆転、感情の起伏など、常時見守りが必要な状態へと進行していきました。
当初は仕事と介護の両立を模索していましたが、真面目な清水さんは「人に任せず、自分が直接面倒を見たい」という思いを強め、2007年9月をもって長年所属した事務所を退所し、芸能界を電撃引退しました。収入が途絶える不安を抱えながらも、派遣のアルバイトなどを掛け持ちしつつ、昼夜を問わない在宅介護に全力を注ぎ込みます。
しかし、認知症介護は想像を絶する過酷さでした。睡眠不足が慢性化し、精神的にも肉体的にも限界に達していった彼女は、次第に周囲との連絡を断ち、外部の支援やデイサービスなどの利用も十分に活用できないまま、家庭内だけで抱え込む「孤立介護」の状態に陥っていきました。