昭和の大スターはなぜ表舞台を捨てたのか? 宮城まり子が「ねむの木学園」に捧げた生涯と、没後6年目に問いかける遺産

昭和の大スターはなぜ表舞台を捨てたのか? 宮城まり子が「ねむの木学園」に捧げた生涯と、没後6年目に問いかける遺産

昭和の大スターはなぜ表舞台を捨てたのか? 宮城まり子が「ねむの木学園」に捧げた生涯と、没後6年目に問いかける遺産についての最新情報をご紹介します。

学園の運営において、彼女が貫いた方針は極めて個性的だった。施しを与える「福祉」や、社会に適応させるための「訓練」ではない。子どもたちの内面にある純粋な感性を引き出す「芸術」の教育である。

手足が自由に動かない子どもたちに紙と絵の具を渡し、溢れ出る色彩をキャンバスにぶつけさせた。描き方を教え込むことは一切しない。ありのままの表現を認め、包み込むように褒め称えた。やがて子どもたちが生み出す作品は、圧倒的な生命力と独自の色彩美を放ち始める。それらは単なる「障害者の絵」という枠を飛び越え、海外の専門家からも高く評価された。パリやニューヨークで開催された作品展には大勢の人が押し寄せ、世界中に大きな感動を呼んだ。

伊藤 翔太
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伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。